大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)9263号 判決

事実

原告寺本俊治は請求原因として、被告株式会社東京広告社こと細川秀二は、昭和三十四年十二月二十七、八日頃東京広告社の代表取締役である被告から委嘱を受けてその代表者の印鑑を保管し、随時同会社の手形・小切手の振出、資金の借入等経理一切及び営業を担当し、事実上同会社の経営の任に当つていた営業部長照井正順を通じて、原告に対し十五万円の金借を申込んだので、原告はそれを承諾して同年同月三十日同会社に十五万円を貸与するとともに、同日同会社振出にかかる金額十五万円の約束手形一通の交付を受けた。仮りに、被告が右照井正順をして、右約束手形を振り出さしめたものでないとしても、同人は前記のように、被告の委嘱に基づき、主管事務として代表取締役である被告の印鑑を保管し、随時手形小切手等を振り出していたものであるから、同人に対して指揮監督の権限を有していた被告は、同人の指揮監督に重大な過失があるものとして、原告に対し、原告が東京広告社に貸与し同会社から支払を受けられないため、右貸金と同額の損失を蒙つた損害金十五万円およびこれに対する支払済までの遅延損害金の支払義務がある。

よつて原告は被告に対し、右各金員の支払を求める、と主張した。

被告株式会社東京広告社こと細川秀二は答弁として、原告主張の手形は照井正順が被告会社の社印および代表取締役の印を盗用して偽造したものである。また、被告は、右照井正順に代表取締役の印を保管させたことも、手形小切手の振出資金の借入等の経理事務を担当せしめたこともなく、同人を通じて原告に対し、金員の借入を申込ませたこともない。右照井正順は東京広告社の従業員であると共に、被告が同じく代表取締役をしている細川ビル株式会社の従業員をも兼ねていたが、昭和三十五年一月上旬、同株式会社名義の約束手形をも偽造して、爾来逃亡しているものである、と主張した。

理由

原告は、被告は昭和三十四年十二月三十日、照井正順を通じて、原告に十五万円の金借を申込んだと主張するけれども、被告本人尋問の結果によれば、かような事実がなかつたことが認められる。

原告は更に、被告は、照井正順に、主管事務として、被告の印鑑を保管し、随時手形小切手等を振り出さしめていたと主張するけれども、被告本人尋問の結果によれば、かような事実もなかつたことが認められる。

もつとも、証拠によれば、後記細川ビルの管理人をしていた照井正順は、その肩書に「株式会社東京広告社取締役営業部長」と印刷した名刺を、昭和三十四年十二月二十七、八日頃原告に呈示し、東京広告社に同会社が買入れた薬品代金支払のため金十五万円を貸与されたいと申込んだこと、同人は事実、東京広告社の営業部長であつたこと、被告は照井正順がそういう名刺を使用していることを知つていたこと、が認められるけれども、被告本人尋問の結果によれば、照井正順は昭和三十四年七月頃、東京広告社の設立と同時に入社しそのセールスマン三名の元締的な役を担当していたに止まり、銀行取引その他の経理事務は一切担任せず、経理事務は専ら被告自身が担当していたこと、係争約束手形は、照井正順が、東京広告社の社印、代表取締役の記名印、および代表取締役が取引銀行との取引には用いず、受取書への捺印等に用いていた印判を盗捺して偽造したもので、同人は、原告から、それを担保として十五万円を借り受け、自らそれを費消して東京広告社に納金しなかつたのみなちず、同株式会社から約五十万円を横領していたこと、東京広告社としては、昭和三十四年十二月二十七、八日頃には、殆んど営業を停止していたので、原告から十五万円を借り受ける必要は全くなかつたこと、が認められる。

更に、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和三十四年十二月二十七、八日頃、照井正順から東京広告社のために十五万円の貸与の申込を受け、同年十二月三十日同人に十五万円を交付したものであるが、原告は、東京広告社の事務所があつた港区赤坂溜池町の細川ビルの七階七百七号室に居住しており、被告自身を、細川ビルの所有者として知つていたことが認められる。したがつて、もし原告が、昭和三十四年十二月二十七、八日頃、照井正順から十五万円の貸与の申込を受けた際、被告に直接、東京広告社が右申込をなすか否かを問合せたならば、被告が直ちにそれを否定したであろうことは、容易に理解し得るところである。のみならず、細川ビルの所有者である被告が経営する東京広告社が十五万円という少額の金融を必要とするかは、一応疑つてみる余地のある問題であると考えられる。

そうすると、たままた照井正順が、右日時、原告に対し、前記名刺を示して、東京広告社のために十五万円の貸与を申込んだとしても、それだけの事実で、原告がその主張の損害を蒙るについて被告に、悪意又は重大な過失があつたということはできない。

よつて、原告の請求は失当であるとしてこれを棄却した。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例